
私は死にました
と眠る前に唱えたくなりました
今日は
カエルになった気持ちで
緑の中を泳いでいました
自分の選択が正とかそうではないとか
どうでもよいのですね
本当に死ぬ時に
色々思えるのでしょう
ただし
安らかに死せる時だけであります
何年か前に
交通事故で両足を縫った時
当時
子猫だったミロンガを
カゴごと雪の上の前に投げて
自分だけが自動車にぶつかるよう
瞬時に動いた0コンマ何秒
死んだなぁと思いました
その死んだなぁって言う瞬時の気持ちと
自分の精神の「死」は全く違う
自分のお葬式をあげるのも善し
線香も自分で焚いて
過去の自分を弔うのも善し
ただ
自分の葬式をあげた侭では
都合が良過ぎると言うわけだ
この世は
お裾分けなぞしてくれないんだから
私は死にました
これからまた元気にやっていきますって
毒針的興奮を交えて
祈祷でもするがよい
悪魔的暗示
美的な不協和音を一生を費やして
探してゆくことが己の旅
だから
自分のお葬式は何度やってもいいのだ
とカエルになった気分で考えてみた