千葉海音 「この世ツアー2016」
安曇野のライブは昨年90人以上でソールドアウトになり
入場制限をして入場をお断りしてしまいました。
是非、今年のライブも楽しみに御待ち下さいませ。
(安曇野「tirol」様でのライブは早めのご予約が確実でございます)
どんどんエネルギー値が高くなる私の美しい花園へ
是非遊びにいらして下さいませ^^
☆2016年5月14日(土)夜 長野県安曇野 「tirol」
☆6月中旬、金曜日 都内品川近辺
(午後の部、夜の部の2部制 詳細は後日お知らせ致します)
96歳になるハンガリー人のピアノの師匠は
いつも私に言いました
「Mio, tournez la page dans votre coeur toujours car
vous etes manifique et belle Mio?」
ミオ、いつも(辛い時には特に)心のページをめくりなさい
あなたは素晴らしい、そして美しいのだから
みなさま、こんにちは。
ようこそ私のブログのお庭へ。笑^^
先日4枚目の音源のレコーディング
それは10年ぶりのことでした
この10年、色々なことがありました。
10年前のレコーディングは
頭が少し割れて、体中も擦り傷だらけ
もとい、心がもう無い状態だったのですが
その3日後に「鬼畜」というおもしろいアルバムのレコーディングでした。
その後7年間、パリでの刑事裁判
神経症が重度になりピアノが弾けなくなった時期
フランス人の彼と別れ
ショックのあまりピアノに向かえず
ショックのあまりピアノに狂っていた笑 (良い意味で極端なのであります)
2ヶ月後に難関のピアニスト資格のディプロマへの合格と
ピアノ講師や色々働くのに明け暮れた日び
極秘出産にパリでの育児
帰国...色々崩壊。
パリで
生きるだけ、
生きました
また戻りますが。。
情熱は音楽しかあらず
あとは
実は冷ややかに森閑に生きています。
ただ自分の世界を死守して
美しく生きることだけに意識している
美しく生きる、選択だけをしていく
ピアノ、になると本当にランニングハイになり
先日数日のレコーディングもお昼時から22時くらいまで
ピアノを弾きっぱなしですが
本当に幸せなのです。
ドーパミンがこれでもか、というくらい出て
覚醒し続ける。
狂気というくらい弾き続ける。
狂気というくらい、というよりも
「狂気」そのままです。
ええ、それが無性に楽しいのであります。
そういうものに慣れてはいるのですが
久しぶりでしたので
レコーディング後には呆然としています。
レコーディングあとから
インターネット及びSNSを
眼球と脳がシャットダウンしており
FBもブログもインスタも
お休み状態です。
1980年代の元気なローズウッドのスタインウェイでのレコーディング
全ての作品に於いて同様ですが
楽譜は身体に入っているので歌詞だけ譜面台におきます
このようにピアノの曲線美を静かに堪能するのは
自分が生かされて
今、ここに生きていることに感謝し続ける瞬間です
良い意味ではない時の
孤独のお友達は
ピアノでした
日本にいなかった時期のブランクが長過ぎて
あなたはこの歳から不利だ
この世のことをよくわかっていない
岩手の田舎に帰ったら良い
あなたの顔は才能がなさそう
.....
久しぶりに住んだ東京で
とんでもないことを言われました
特に東京はこういうこと言う人が多く
そういうお方は
人に言いたい事をいって自分のバランスをとられているのでしょうね
無論、私の周りの大切な方々は
東京でもどこに住んでいても
素晴らしい方々だけです
私は色々言われても
「そうかしら?」
と思います(口には出しませんが反感を買うタイプね)
色々なリスクがあっても
やりたいことがあるのなら
貫く事が当たり前です
ただ
それだけです
新しいアルバムに納められている
新曲overture「未来前夜」はこの10年間の集大成と言える
自作曲になりました
チャイコフスキーの壮大な叙情詩を唸らせる
白鳥の湖より「瀕死の白鳥」は
人間として
女性として
漆黒の闇を破れた翼で
更に高みを斯(こ)う、生き様を歌いました
誰の、どんな姿も美しいですね
堕ちる姿も
高みへ昇る姿も
だって
私たちは生きているのですから
どちらも脈打って呼吸していますから
いつも
ありがとうございます
studio TLIVEの田島さん、エンジニアのG、フォトグラファーの高木亜麗氏
いつも応援して下さる皆様に
心をこめて。
追伸
命在る物には色々な役割を与えられていて
命も、作品も、物体も
今日も
どんなであれ神様に与えられたものだと思います
自分だけの力ではないですね。
そうしたら本当に裸の王様ですね。。
2016年3月25日金曜日
2016年2月27日土曜日
垂乳根として
私は歳を重ねることを
いつも嬉しくいるので
日本でいわれるアラフォーやアラサーという言葉が
全く気にならない所か
略し過ぎて最近までわかりませんでした
アーティストとしての私
個人としての私
それを、でも、繋げてはあまり
生活はせずに
分けている生き方(選択)が好きです
YOUTUBEにしかり
ブログの私も
過去のものは本当に懐かしく思います
それは「まぼろし」のようだからです
この瞬間ですら変わってゆく命や
時の流れや
変わってゆく気持ちや
細胞や
それを祝福していたらいいのでしょうね。
無性にパリに帰りたく
逢いたい人々がいます
自分は昔から「これ!」は芸術に於いてだけです
プライベートの方を語ったり
尋ねられることはあまり好みません。
ある瞬間は
「アーティスト」ですが
其れ以外は
「小さな気高い清い塵」でいたいものです
時には風に吹き飛ばされたり停滞する塵でよいのです
そして垂乳根。
書道の先生と分ち合う「美しい時」が好きです
人間として
アーティストとして
女性として
垂乳根として
塵として
泣けるときも
万事好都合と叫んで、つぶやいて.....いたいものです
美味しい美味しい鯛飯を
書道の先生がもてなして下さいました
なんと人生は
温かいもの
そして時に
ちぐはぐな私だけの万華鏡のようでしょうか
感謝。
2016年2月3日水曜日
脈拍の旅
自分が日本に母国にいることを感じる
このお皿は
太陽の吹雪みたいです
書道の先生のお家
旧朝香宮邸「東京庭園美術館」
現在愛して止まないアールヌーボーでも有名な
エミール ギャレ(ガレ)の展示を行っているので
灰色に映える梅を仰ぎつつ....浸ってきました
本も購入しようかと思いましたが
目の前にある、息を飲み込むほどの立体を観ると
平面の「本」を購入する気がなくなってしまい
何も買いませんでした
ちなみに私の隠居生活は
アールヌーボーをコレクションし続け
その中で生きる、という大変楽しみな夢があります
物質主義ではありませんが
何かものを購入するならば
アールヌーボーのみ、な....
そんな夢を見ます
笑
水を感じて、己に触れる
そんな本来の自分へ帰化する
麝香のかおりが心のどよめきを
自分への振動へ、共振へ変容する世界
昔、実家が書道教室だったのですが
よく私は「墨汁くせー」「墨臭い」と言われていました笑
その頃はムッとしていたり気にしたりしていましたが
今後も麝香な墨臭い人間でいようと思います
音楽家と書道家
二足のわらじで
この世に旅する
わたしです
宇宙のくずの一部である
小さな脈拍です
このお皿は
太陽の吹雪みたいです
書道の先生のお家
旧朝香宮邸「東京庭園美術館」
現在愛して止まないアールヌーボーでも有名な
エミール ギャレ(ガレ)の展示を行っているので
灰色に映える梅を仰ぎつつ....浸ってきました
本も購入しようかと思いましたが
目の前にある、息を飲み込むほどの立体を観ると
平面の「本」を購入する気がなくなってしまい
何も買いませんでした
ちなみに私の隠居生活は
アールヌーボーをコレクションし続け
その中で生きる、という大変楽しみな夢があります
物質主義ではありませんが
何かものを購入するならば
アールヌーボーのみ、な....
そんな夢を見ます
笑
水を感じて、己に触れる
そんな本来の自分へ帰化する
麝香のかおりが心のどよめきを
自分への振動へ、共振へ変容する世界
昔、実家が書道教室だったのですが
よく私は「墨汁くせー」「墨臭い」と言われていました笑
その頃はムッとしていたり気にしたりしていましたが
今後も麝香な墨臭い人間でいようと思います
音楽家と書道家
二足のわらじで
この世に旅する
わたしです
宇宙のくずの一部である
小さな脈拍です
2011年10月27日木曜日
砂と歌っておもしろい
私は来年から今までの日本ライブチャージではもうライブはしません
ライブチャージは自分自身の価値だから
ここずっと数年悩んで感じていた
だから申し訳ないけれどライブ回数は無論のこと減ります
でもそれが本望かもしれません
この10月いろいろな経験をしました
そして、生活も変化しました
音楽家って楽しいね
喜劇も悲劇も、最終的にどちらでもいいけれど、その人次第だから。
私なんかは
道化師で
何がこの人いいたいのか分かんないと
よくいわれるけれど
それでいいんじゃない
もう作品だからさ
また明日からやっていきます
美しくね
なげやり?
否否、柔らかくて強いでしょ(笑)
いいんじゃない
自分の繊細に疲れるよりも
黙って森をあるく
それが...いい
多分、何を嘆き叫ぶよりも
遠い日のうたも
今も
夕方の国から帰って来た日のように
ここ
今
ライブチャージは自分自身の価値だから
ここずっと数年悩んで感じていた
だから申し訳ないけれどライブ回数は無論のこと減ります
でもそれが本望かもしれません
この10月いろいろな経験をしました
そして、生活も変化しました
音楽家って楽しいね
喜劇も悲劇も、最終的にどちらでもいいけれど、その人次第だから。
私なんかは
道化師で
何がこの人いいたいのか分かんないと
よくいわれるけれど
それでいいんじゃない
もう作品だからさ
また明日からやっていきます
美しくね
なげやり?
否否、柔らかくて強いでしょ(笑)
いいんじゃない
自分の繊細に疲れるよりも
黙って森をあるく
それが...いい
多分、何を嘆き叫ぶよりも
遠い日のうたも
今も
夕方の国から帰って来た日のように
ここ
今
2011年4月5日火曜日
海さ

震災直後もずっとそのままピアノやハープのレッスンを受け
いつも通りにピアノの生徒さんへのレッスンも続けて来た
当たり前かもしれない
私はフランスに住んでいる
でも、周りのこちらの友達や知り合いは気を使ってくれて...本当に心配してくれた
金曜日はピアノ演奏をしてメンデルスゾーンとメシアンをこなした
今、パリでも日本の多くのアーティストや色々な方がチャリティーをしている
私も地元の海のこと、津波地震を語りながら歌ってほしいと言われたが
断った
理由は、ただ簡単で大して何も考えていなく
軽い気持ちでそうやってくれるだろうと思っていたようだ
あまりにデリカシーの無い主旨のわからないものは
いくらチャリティーでも参加はしない
岩手や宮城、福島にいる身内、友達、知り合いの安否確認だけで
毎日精一杯だった
1日1度は泣いていた
そしてピアノ演奏での精神的な自分を保つことだけ
やはり楽しみにしてくれる人々がいるから
周りに東北弁で話せる人がいなかったことが辛かった
多くの消えていった命に敬意をはらい
今後、自分が起こすであろう行動を今は水面下で考える
そして今、元気で生活が「通常」で有る方は自粛せずに経済を回して欲しい
もし出来るならば
東北産のお菓子、お酒、などでも気分転換や花見で
一品でいいので楽しみで頂いて欲しい
高校の頃、朝早く「行って来ます」と言っては
盛岡方面の電車に乗らず....ひとり松島行きの鈍行列車に乗った
そして何年か前の夏、岩手に帰った時
「ミオ、海さ、海さ、行ぐべ!」と友人が誘ってくれた
「んだな、海さ」
それが最後になった最寄りの海、気仙沼
今年の夏も「行ぐがな、海さ」
そこにもう知っている風景が無くても
私は行こうと思う
懐かしい
海さ
2010年5月11日火曜日
霧雨と口笛
2009年8月7日金曜日
自分の肖像

衣装を脱いで、わたしはいつもの自分というちっちゃな人間に戻ります
普段は人に害を与えない程の薄化粧に
トボトボ歩いたり、モジモジしたり、ボーっとが常にで
かと言ってやはり、頽廃音頭はいつも心と頭を巡り
この世の憂を味わい
今日の夕方空を見ては
私の人生の夕方は....どういう時なんだろう....と
踏切を待ちながら思っていました
人生の夕方....どう過ごしているのでしょうね
今、考えても仕方のないことですが
いづれは来るのでしょう あっと言う間に もしくは瞬時に
20代後半くらいから少し母に似て来たと時に言われます
しかし、彼女は痩せて私よりも10センチ以上も背が高いので
母に「今の時代で親より子供が小さいなんて信じられない!」と小言を言われました
家族の肖像なぞ私にはよく分からぬものですが
自分の肖像は明日も淀川をのぞけば....沢ガニと共に....
2009年4月1日水曜日
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