2016年2月14日日曜日
「まだ誰もやっていないこと」を歌う
このヴィスコンティーのお写真は1ミリ単位で
すべて私が浮遊する世界の一部です
もう20年くらいこのお写真が好きで眺めています
多く綴りたいことはあるのですが
今
より自分の中でワクワクし始めていることを綴ります
最近、ある素晴らしい方に御逢いし
今後の音楽活動のことを親身に考えて下さいました。
ゆくゆくはよりインターナショナルで活動したい夢を
お伝えしていないにも関わらず
そのお方は国際的な視野も含め
あるご提案をして下さいました
それは
まだ日本の、もとい...世界中のシャンソン歌手や声楽家が
「まだ誰もやっていないこと」をご提案して下さいました
驚きましたが
「なるほど!」と心からも口からも意をついたように出ました
そして
その「まだ誰もやっていないこと」(歌) を
やる自信は
私にはあります。
ついでに
その光景や、風景も臨場感も観えて感じます。
「まだ誰もやっていないこと」をすることは
得意分野の中でも試行錯誤や
今までの視点を変更するべき時が来ている
心と身体の底からでる
本来の声に帰化を時々していく必要があるということです
(幼少期からの音楽教育での思考をはずすこと...技巧、計算、
自分への思い込みの思考変換、トリックなど... 語ると深過ぎますが)
すでにプロとして活動している自分にとっては
かなりの苦題となることが目に見えます
常にいたコンフォートゾーンではありませぬから^^;
しかしこういう
この世で「まだ誰もやっていないこと」をすることへのワクワクと
冒険心が私の心を掻き立てます
ましてや私は
日本で名の知れた音楽家(シャンソン歌手、ピアニスト、作曲家)
ではありません。
本当、知る人ぞ知るシャンソン歌手だと思います。
そして
どこにも所属しない、派閥にも興味ない、
シャンソニエでも歌わない(敢えて歌わない)...
派手な帽子もドレスも纏わない
フランス帰りだけど
今はほんの僅かなコンサートとシングルマザーの生活
なんだか地球の回り方がよくわからなくなってしまい
キラキラ星をみては
藁をもつかみたくなる気持ちになる時が多く有る
ただ
私はあきらめないし
静かに愛を注いで下さる方々が沢山いて下さり
今日があります
来週は媒体への撮影、エッセイ書き....
そろそろ今年の本腰をいれてゆく季節に入りました
ParisのハイヒールアーティストASAMIさんから
時空を超えて...
彼女の強い強い愛のエネルギー...シャンパーニュを
最近お受け取りいたしました
その美しい泡を観る...私のまなざしは
ASAMIさんへの愛であり
今後への祝福を己に歌うためです
いつも自分は独創的な人生を意識しなくとも
生きて、生かされていると感じます
「まだ誰もやっていないこと」を歌うとき
きっとみなさまも
頷いて下さると...
私は確信しており
その日のために準備に取りかかるこれからの日びです
いつも読んで下さり
どうも有難うございます
2015年11月1日日曜日
闇という私の瞳の光に
久しぶりのブログを綴ります
facebookの方では近況をつらつらと奏でておりますが
ブログはどうしても力が入らない時期になり無理もせずに
流れるままにおりました
今日から11月
またブログに再会(再開)しようと思います
どうぞ宜しくお願いいたします。
今日はfacebookよりアーティスト活動の投稿を
載せてみます。
レコーディングも決まり
来年のライブ日程も決まりつつあり
11月13日(金)には久しぶりに東京でのワンマンライブがあります
私の夢は
叶いつつあります
何故ならば
私の夢は音楽を続けることだからです
続けていると(生きていると)色々ありますが
進化しかないからです
より身体と心に今まで自分が足したことのない
色彩が埋め込まれていくことであり
強烈という静けさの中に
激しさという沈黙のうちに
闇という私の瞳の光に
創作の鼓動が血走るのです
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
10月30日(金)
今日は来年都内でのコンサートの打ち合わせでした。
感謝の気持ちでいっぱいです。
なんとスタインウェイのフルコン(フル コンサート ピアノ)で
シャンソンの弾き語りコンサートをいたします。
フルコンとは大ホールにある2メートル75くらいあるピアノです。
私の夢は少しずつ叶いつつあります。
ゆくゆくはオーケストラを率いて弾き語りコンサートをしたいので、
まずはピアノだけでもフルコンでコンサート出来ることが
新たな第一歩になります。
そろそろアメブロも復活しようかな。
最近は娘がまた喘息になり寝不足で何だかかわいそうで、良いエネルギーが沢山取れるメニューを考えたりします。なにか良さげなメニューがありましたら教えて下さいませ...☆
近日のコンサート
☆
11月13日(金)19時30分スタート
「サロン ガイヤール」3,000円(1D込)
新宿区荒木町15 サンシャトー四ツ谷1F
最寄り駅 曙橋または四谷三丁目
予約は03-5315-4450
10月某日
今日は朝から都内スタジオでスタインウェイをレコーディングスタジオ見学で
さわらせてもらったり、打ち合わせしたり。
このスタインウェイ、
低音中音までは私の心がこれ、これ、と言う求める安定した深みのある自分と
振動調和する音でしたが高音は論外でした。
何だか切ない気 持ちでGregoryとスタジオを後に。
あと私の声の方が勝ってしまう音色だった。
弾き語りとはそういう方がいいのだろうけれど、
私はピアニストの前提で の弾き語り歌手なので
ピアノが鳴ってかなり強く共鳴してくれることが第一の条件。
Gregoryはそれを瞬時に見抜いていたので嬉しかった。
そしてその後は一人で渋谷ルシネマにて以前から観たかった
「ヴェルサイユの宮廷庭師」を。
そしてles deux magotsでシャンパーニュを。
こういう時間は本当に必要なもの。日び育児があっても絶対外さない。
もう少ししたら私の美しい天使を迎えに。
ひとり自分らしい呼吸が整う時、幸せです。
そんな土曜日でした。
皆様、穏やかな楽しい日曜日をお過ごし下さいませね(-_^)
久々に楽しい映画だった
近日中は「山口小夜子」さまの映画を観にゆきます...
10月某日
先日、レコーディングスタジオの見学一件目、
YAMAHA ArtistEditionと言う特殊なグランドを触らせてもらった。
久しぶりに日本で日本製のピアノを弾き、
そしてこのグランドは本当に煌びやかで
明るくひとつひとつの音色が細かくハッキリした粒をしている。
やはりその土地、その風土でつくられたピアノこそ本来の良き持ち味が生まれる。
何故なら湿気の多い国でつくられたピアノは乾燥しているヨーロピアンピアノより
湿気に強いのは当たり前だからだ。
状態が良い素晴らしいピアノに触れて音を深く感じる時、
本当に本当に音楽家で良かった…と嬉しくしんみりしてしまうのだ。
私が今まで好んで来たピアノのタイプではないけれど
Gregoryが「ミオの曲は暗いからこのピアノは対照的で面白いかも」
おお、なるほど。
マイクも弾き語り的な場所に置かない、とか。
(私の楽曲は激しいので口がマイクから時々離れてしまうため)
今までのレコーディングとは全く違うものになりそう。
何だか面白いことになりそうです。
お楽しみに!
近日ライブ
11月13日(金)
salon ガイヤール
19時 3000円
四谷三丁目または曙橋
でのライブも是非遊びにいらしてください。
東京都新宿区荒木町15
サンシャトー四谷 1F
予約 03-5315-4450
(千葉海音のライブ予約と始めに一言添えて頂くとスムーズです)
お待ち申し上げております。
湿気に強いのは当たり前だからだ。
状態が良い素晴らしいピアノに触れて音を深く感じる時、
本当に本当に音楽家で良かった…と嬉しくしんみりしてしまうのだ。
私が今まで好んで来たピアノのタイプではないけれど
Gregoryが「ミオの曲は暗いからこのピアノは対照的で面白いかも」
おお、なるほど。
マイクも弾き語り的な場所に置かない、とか。
(私の楽曲は激しいので口がマイクから時々離れてしまうため)
今までのレコーディングとは全く違うものになりそう。
何だか面白いことになりそうです。
お楽しみに!
近日ライブ
11月13日(金)
salon ガイヤール
19時 3000円
四谷三丁目または曙橋
でのライブも是非遊びにいらしてください。
東京都新宿区荒木町15
サンシャトー四谷 1F
予約 03-5315-4450
(千葉海音のライブ予約と始めに一言添えて頂くとスムーズです)
お待ち申し上げております。
9月某日
今日は本当に久しぶりにグレゴリーとお茶しています。
最後に会ったのは
パリでマナさんのmoi dix mois と言うバンドのコンサートの関係者席で会ったのが
最後 笑
10年振りの再会^ ^ 久しぶりに沢山笑った。
笑うことはいいことだなあ。
プレゼントのCD、喜んでもらえました。
出世したグレゴリー。私もこれから楽しくなりそう☆
フランス語も話せて嬉し。
あの頃私たちは若かったのだ。
2015年9月10日木曜日
2015年6月12日金曜日
芸術>音楽>(聴く)>感じる>風>無
実家の近くにある「観自在王院」にて
風がお花を娘の髪の毛にかざってくれました
日本でコンサート活動を再開するようになり
気がついてくることがあった
昨日、いつも髪を切っていただく美容室 &Evolveの
近藤さんとお話をしていた時に
より鮮明にそのことが理解でした
近藤さんがチョイスするお店に流れる音楽は
良き古き時代のシャンソンを現代の歌手がカバーしたもの
とても心地よく、パリの風景に触れることが出来る時間です
日本でシャンソンをフランス語で歌うと
「意味がわからないから...ちょっとね」的なご意見を戴く
少なくとも何人かから
私的には???
jazzもヴォサノヴァも、「意味がわからないから...ちょっとね」と
思って聴くのかしら?
ライブで感じながら聴くのだろうか?
どうして「日本のシャンソン」はこうなってしまったのだろうか。
(どうしてかは、存じていますが敢えて今は語りません)
実は音大生の頃、弾き語りの課題がある授業があり
私は「枯葉」を弾き語りに選んで弾いた
(何故ならjazzのオータムリーヴスが好きだったから)
しかし、あまりにベタベタな日本語の恥ずかしい歌詞に
ビブラート満載のお手本CDを聴き
「なんてこった!こんなの歌って、弾いてられるか...
もう二度とシャンソンなんて歌うもんじゃない」と思ったのだった
私的にはシャンソンは、jazzやロックやファド...メタル、フュージョンと同じ
鼓動を「感じるもの」だと思っている
音楽って本来そういうものでしょう?
以前、都内の老舗シャンソニエで飛び入りで歌わせて戴いた時に
フランスにも行ったこともないシャンソンかぶれの方に
「あなたのフランス語の発音が変」
「伴奏も好き勝手」
「生意気」
好き放題言われたことがあるのですが
もう二度とそんなガチガチに固まったシャンソン歌手やピアニストの前で
弾き歌わない、と決めた
コンクールの時も、オーディションの時も
みんな嫉妬の塊。
日本はフランス語で歌う歌手が少ないし
歌詞の意味も分からず、つまらなくなってしまうので
需要と供給がない、とまで言われる
そしてどうしてフランス語でシャンソンを歌うのですか?と
笑ってしまうくらいのご質問を戴くことがある
ただ単に私は「そう歌いたいから」
付け加えれば
元々の土地で、民衆が喜びも悲しみも苦しみも
その土地の原語での特有な、美しい「韻」 を踏みながら出来上がって行った歌
それを大切に
流れるままに、流れるままに歌いたいから
流石にパリに行きたての頃はフランス語や発音に四苦八苦した
それを今、流暢に歌えるのは
やはり「そう、フランス語の美しさの中で歌いたかったから」
(それは何故私がフランスに渡ったか、というお話にいづれ
綴ります)
エディット ピアフの時代の発音と現代のフランス語の
発音の流行も違うから
それを粋に遊びながら歌い替えるのも楽しみのひとつ。
そして日本の童謡も、民謡も、演歌も歌曲も好きですよ
美しい日本語が生きて素晴らしいから
母国の言葉は世界中での共通語ではないからこそ
奇異で、貴重で、繊細で、危ういくらい美しいと思うから。
シャンソンを日本語で歌うくらいだったら
日本歌曲を粋に歌い上げる方がしっくり、幸せだと思う
だから今後も私はシャンソンはフランス語で
当たり前に歌います
オペラなぞはひとつのストーリーで長時間なので
あらすじをご自分で調べてから足を運んでみられたり
楽しむためにヨーロッパの言語を学ばれるのも
ひとつの楽しみだと思います
(無論、日本語に訳されたオペラも沢山ありますね)
私はシャンソンのピアノ伴奏も、自作曲のピアノ伴奏も
すべてサラッと即興で作ってしまうので(その後は多少練ります)
そういう感じでライブやコンサートをするのが好きです
重い歌詞や、激しいものも、ありますが
それも聴く、というよりは
「感じて」
その方が、音楽らしいです
芸術です
そもそも、
芸術>音楽>聴く>感じる>風>無
と私は思っていて
音楽は手に取って触れることが出来ない「瞬間芸術」です
そこに「歌詞がわからないから」という想いは
よりご自分の感受性を複雑に遠いものにしていると思います
(私のライブの場合は歌う前に日本語での説明を入れていますが
説明をしてもそう仰る方がいます)
極論をいえば、フンフン、と感じて流して楽しく過ごして欲しい
だって民族音楽やジプシー音楽や...生け贄の黒ミサの語り?に
「意味がわからないから、ちょっとね」とは言わないでしょ笑
無論、日本には日本語でシャンソンを歌われる素敵な方々がいるのも
存じているので一概に良いも、悪いも、ないです
ただ自分はそういう歌手ではないというだけのことよね
いつも心柔らかく、いたいですね
強いていうならばフランスにいた時のように
ピアノを練習する時間をもっともっと作りたい
より自分らしく自由な環境で生きたいという願望は変わらない
だから、そうなるよう歩き続けることを信じます
ちなみに&Evolveの近藤さんは
日本語(歌詞)もあまり意識しないで音楽を聴く、と
仰っていたので、嗚呼、なるほど....と思いました
歌詞を気にせずに聴く「うた」はいいですね^^
波の音、川の音、今日の風の音
涙の垂れた跡
笑い終わった余韻
残り香
残像
血潮
そして
まなざし
岩手県花巻市「高村光太郎」記念館
2015年6月2日火曜日
声楽のピアノ伴奏は、海辺で貝を拾うこと
在る方にピアノ伴奏を頼まれ
突然のことだったがテノールとバリトンの間の声域...
素晴らしい方の伴奏を引き受けた
山部赤人「不じ山を望みて」
武満徹「小さな空」
この山部赤人(やまべの あかひと)は聖武天皇時代の宮廷歌人である
天平8年(736年?)の方.....
このような遥か昔の、我が日本の歌曲をピアノ伴奏するのは
初めてである
そして武満徹の声楽曲は以前より興味を持っていたので
楽譜を渡されたとき
非常に嬉しかった
(これは今後、自分のライブでも弾き語りすると決めたくらい
シンプルで、自分の心に鈴の音のように入り込んで...まどろんだ)
声楽伴奏するなぞ
何年ぶりだろう
心が踊り、小さな頃の音楽を楽しんで遊んでいた
ドキドキワクワクが蘇った
高校生、音大生の頃や、パリ時代は伴奏をバイトでよくやっていた
本当に懐かしく、心がイキイキする時間である
初見で弾きながら
どういう内容で、ブレスは、山は、リタルダンドは
どれくらいに持っていくのか...
限られた時間の中で歌い手と楽譜を読み取りながらの作業
こんなに心が躍るものはない
まるで海辺で貝殻を拾うことと同じこと
わたしにとっては
小さい頃、海に行っても泳がずに
必死に楽しんで貝殻を拾い集め
海ではない場所でも親にねだって貝殻を買ってもらった
あの気持と、ピアノは同じであり
歳を重ねても重ねても
変わらないことに至極至極
気がついた
先日の安曇野でのライブのMCで
「私はシャンソンを手放してもいいと思っている」と述べた
シャンソン歌手がそんなことを言って変なのだろうが
自分はジャズでも、ロックでも、クラシックでも、民族音楽でも
自然の音でも
自分らしく「そこに在れたら」いいのだ
シャンソンは私の小さな表現方法の一部に過ぎない
ある日、の呼吸のようなものだ
そして工場地帯からも、廃墟からも
美しさを私は見つけることが出来る
この世をすべて翻弄して
旅してどこまでも奏でることが出来るのだ
自分はどこのだれそれです、と
どこの音大を出て、どこに留学をして
こういうことを体験して
なんて
本当はプロフィールに全く書かなくとも
自分は歌と演奏だけで
勝負出来ると(当たり前だが)
表現出来ると自負出来る物語が好きだ
一切、前置きの飾りがない
ステージは眺めが良い心であろう
2015年4月25日土曜日
やめた、募集
俺様は教育者でもプレイヤーでもなく
ピアノはお昼寝の場所である
最近、あることをやめました
音楽以外の大好きなことだったのですが....
あることを教えるプロを目指して学校へ通っていたのですが
段々と自分は教える立場は全く合わないと感じ
苦痛になって来ていました
趣味として本当に好きなことだったのだなと。
そのことに気がつけただけでも
良かったのだと思いました
実は音楽に関してもそうです
私は教育や、指導することに於いて昔から然程興味がなく
プレイヤー気質ということ。
パリでピアノ講師を始めた際も
人々の勧めで有難く始めることが出来たのですが
(ピアノ、歌に於いてはプロなので教えることも出来ます。
しかし、教育よりもプレイヤー中心の生き方が自分には合っています)
この頃もそろそろ後世のために
ピアノ、シャンソンなどの教育を始めたら良いのでは、と
助言を戴きましたが
プレイヤー気質の私にとっては???です
教える気質、才能と
奏でる気質、才能とは
全く違うものだから。
どちらもある方は無論いらっしゃいます。
尊敬の念なのです....
ただ単に、そのことに
興味があるか、無いかのお話ですね。
今後はピアノと仏語シャンソンの生徒さんを
かなりの少人数で募集いたします
内容は
呼吸法や、所作、姿勢、精神などの外見内面などもくぐり見た内容のもの。
何故ならそれらは全て
音楽に、美しいものに、人生に繋がっているものだからです
私が今まで培えって来たものを喜んでご提供いたします
ですので
それなりのレッスン代になります
募集に関しては私の音楽活動の様子を見てからになりますので
ご興味のある方は心に留めて頂けると幸いでございます^^
(自宅ピアノは第三帝国...ドイツ領ポーランドで作られたピアノです)
それにしても
自由に生きます^^
2012年6月24日日曜日
今を生きるギャロップ
今夜はシャトレ劇場にスーザングラハムの演奏会を11年ぶりくらいに聴きに行った
彼女は有名なmezzo
表現力が本当に豊かで遊び心を大切にしている
やはり大きいな...と思った
歌う彼女を見ていると無数の輝く色が、彼女自身から発せられて飛び出している
私はアメリカ系のオペラ歌手(声楽家)が実は好き
来週も大御所の大御所、ジェシー ノーマンの演奏会に行く
声楽家はドイツ、ロシア、フランス、イタリア、スペイン、英語、日本語....など
どこの国の歌曲やオペラ曲なども言語で歌うけれど
英語圏の歌手は時にJazzぽい現代曲を本当に楽しげに歌い出す
なかなかヨーロッパ伝統的な歌手には見られないノリだと思う
そういう「粋」な遊び心を持つプロフェッショナルが私は好き
スーザン グラハムを聴きながら
ああ、なんて音楽で自分を表現出来ることは素敵なんだろう
私もずっとそうでありたい
と、とても解放された気持ちになり
彼女が発する輝く音の心を見ていた
こちらへ来た20代前半に3年ほど徹底的に
フランス歌曲とドイツリートを音楽院で勉強した
日本の音楽科高校、音大時代も声楽は勉強したが不真面目だった分
とことん必死にやっていた
私の声楽の先生は身長が196センチでバリトンのオペラ歌手だった
いつも地響きのような....教室の壁や床がひび割れそうなくらいの声量で
圧倒されたものだった
「ミオ、君は声量がとてもあるけれど、もし今後オペラの道に行きたければ
あと最低15キロは太って身体作りをしなさい。」と言われた
私自身、身長が150センチあるかないかなので
どうやったらもっと、音楽家として声が出るようになるのだろうか
考えたものだった
いつもピアノや声楽、シャンソンの練習にあけくれて
ボロいジーパンに猫っ毛の髪がボサボサのまま
多くの楽譜をヨッチラコッチラ、小走りで持ち歩いていた
まだコンクールや人前でライブをするよりも昔の日び
そしてモーツアルトのドンジョバンニのデュオの本番前に
相方役だったユゴーの自死
今もユゴーが貸してくれたマスネのCDが返せないまま
.......
.......今夜の演奏会を聴きながら
色んなことが心に蘇って来て
「今」の私は時を感じながら、スーザン グラハムを見ていた
先進国が作り上げた社会的成功の前、厭、それ以前に
音楽で表現して行くこと、その道の向こうに
自分の中の本当の一番星があるのだろう
今夜は偶然にも赤い靴だった
赤い靴に、深い青の夜は
今を生きるギャロップのようだ
2011年9月26日月曜日
NAWAL
好きなミュージシェンヌ、NAWAL
彼女の世界と歌心に打たれる
私は普段、音楽をあまり聴かないが....その中でも数少ない尊敬する女性歌手
最近、昨年から神経をさわるような頭痛が再発していた
....彼女の歌を聴いたら知らぬ間に痛みがぬぐい去られていたことに気づく
彼女の歌に宿るものが癒してくれたのかしら...
NAWALはコモロの女性でアフリカ、インド洋のコモロ諸島出身の歌手
以前フランスの植民地だったためにフランス語を話す
「コモロ」とはアラビア語で「月」の意味
彼女、月の島の女性
日本では知られていない歌手と察するが
この広い世界の中で、自分が心を持って行かれる音楽を奏でる人に
一生のうちで何人出逢えることが出来るのだろう
....今夜はたまに行く素敵なお店で
マンダラとチャンティングのライブを聴きに行く
.....今朝はヨガ....その帰りにアーユルヴェーダのcafeを見つけた
今度ひとりでゆっくり足を運ぼう
月曜日の幸福
Salam
2011年9月17日土曜日
ジャムバタと撮影
最近、久々にBachのヴァイオリン無伴奏を聞いている
秋、冬という季節は私を素に戻してくれる大切な時間の流れだ
9月中に夏のライブのことをブログにアップしようと思うが
勢いある時と無い時の差が至極激しい自分は...反省することが多い
8月16日にIBC岩手放送テレビの情報番組「じゃじゃじゃTV」に出させて頂き
私にとってはテレビ出演、初となった夏であった...!
http://www.youtube.com/watch?v=R7wYVFw5-MQ
現在youtubeにてその模様が見れるのだが...そこには映っていない
オープニングとエンディング....特にエンディングは皆で元気に手を挙げて手を振るところで
私一人だけが大幅に遅れているのだ
やや緊張気味だったが楽屋でごちそうになった「福田パン」で元気と懐かしさが溢れた
高校時代に4時間目が終わる鐘の音と共に
当時マンモス校だった全校生徒が目を血走りながら一階のコウバイに猛ダッシュをした記憶
タンコブが出来たり髪がボサボサになったり格闘のようなコウバイになっていた
福田パン、今では岩手県内のマーケットで買えるのだとか...
なんと素晴らしい時代になったのだろう
本当にホッペが落ちるくらい美味しい...
楽屋では「ジャムバタ」を頂いた....そして元気に(単純だ)...
なんて素晴らしき感覚
青春時代の味と共に....三十路を過ぎた私がテレビに出させて頂いた
考えてもいなかった未来は過去のジャムバタを食べていた私がプレゼントしてくれた
音と生きているとはこういうことか
帰りの新幹線の風景に高校が見えた
美しい変わった青色のブレザーを来た自分がスカートを短くして下校していた道
その風景は都市開発と共に見えなくなったが
事実、そこに音楽を追いかけベートーヴェンの楽譜を持った
17の私がいた
そして今がある
浅見アナウンサーとカメラマンの石垣さんに...若き日の味に...
心からの言葉にはならない感謝の想いを....
本当にどうも有難うございました
2009年11月13日金曜日
聖歌


日曜日にミサで私は聖歌を10曲くらい歌います
今日はオルガンの方とリハーサルでした
この3,4日で10曲をさらう....流石に腹筋を使ってお腹が減る
もうオペラ曲やメロディー(仏語でクラシック歌曲)の勉強から離れて大分経ちます
現在はシャンソンと自作曲が中心なので
やはり久々に宗教曲を歌うとなると....気分的に柱を自分の中に立て歌うこと
気持ちいい....
礼拝堂の中は勿論いい感じで響くので尚更
ゆくゆくはオルガンをお願いされることになったので本望です
もう最近はピアノ クラシックに向かうのみ...のスタイルですが
昔、学んだことは何歳になっても生かされること、幸せに思います
自作の地獄の歌から、聖歌まで
これからも闇から光まで
私の旅は続きます
写真 以前所有していた小型パイプオルガン
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