2009年5月31日日曜日

Mourir d'aimer


Je vais chanter cette chanson
Je me souviens de mon passe
C'est la vie.....


Musique et tableaux




des musiciens Americans(Jazz)et moi
avec des tableauxs contemporain


2009年5月28日木曜日

月一族


2009年5月25日月曜日

ミロンガ探しています


先ほど、ペンキ屋さんが玄関のドアを塗っている時に
脱走してしまいました。

赤ネコで大ネコの雄、7歳、恥ずかしがり屋、恐がり屋です。

ママンは心配しています。

ミロンガ、帰っておいで(涙)

もし、見かけた方はご一報下さいませ。

2009年5月23日土曜日

ひなげしの花




昔はシャネルの真っ赤な口紅をひいていましたが
今はひなげしの花の口紅をひいています

美しい朱色の口紅は好きです

紅い唇は
閉じることない
傷口のよう

でも

青く散った
花びらのようでもあります

もしくは
海底の
ヒトデのようです

ヒトデになりたい人生です

ヒトデ、海星


蛇の祈りの歌






なんだか最近よくわからないが
いつものテンポでは無い生活をしている

しかし
昨日の夜遅くは楽しかった
画家の友人とモンマルトル丘の麓にある
庶民的なブラジル料理を食べながら
古事記と妖怪や妖精の話をした

人は
大人になり幼い時よりも
色々を知る

その代償として
多くを知らない間に手放して生き続ける



来週
新しいCDの作成のため動き出すが
私はいつまでも
妖精で妖怪で

蛇の祈りの歌を

歌い続ける人でありたいと
心から思った


2009年5月7日木曜日

訪問者


コップを洗おうとしたら...
綿毛がついていました

かわいいな

もう少し見ていたいので

そのままにしておこうと思います


明日
風と一緒に
飛ばしてあげよう

ガラス箱



痛みは、私の命が接吻をしているから



太陽に透かすと
奇麗なガラス箱を
探す旅へ
出ようと思います


今夜は久々に...
宝箱の中から

万華鏡たちを出して
のぞきました



傷つくことを知らないように

無垢な気持ちで
誰をも
愛せたらいいのに


そうして
生きてゆくのが
きっと
いいことなのだろうな







大人になり

人間になり過ぎた


だから
明日は....

太陽の光をいれることが出来る
ガラス箱を
探しに行く


大好きな5月は
なんだか....いつも

どこか寂しい


2009年5月6日水曜日

雨の木


雨が実る
木の下に
少女がいます

その木の中でよく
ハチドリは眠っていました

たまに目を覚ますと
いつものように
女の子がいました


春は
お花を髪に飾って

夏は
緑の葉で髪をとめて

秋は
リンゴを頭の上にのせて

冬は
雪で編んだ帽子を
かぶっていました


誰かを待っているようでした



髪の毛はのびていきました

いつか
誰かに逢える日を思って

髪の毛を梳かしています


ハチドリは
また
眠りにつきました





何も言わずに抱きしめてくれる
誰かを
待っています

少し微笑みながら

雨の木の下で






2009年5月5日火曜日

沈黙の蛾


多分これから
オルガニストをするかもしれない教会を
夕方に訪ねました

家から15分くらいの場所にある
大きな教会

知人の勧めですが
私みたいな人間がやっていいものか
色々考えました


椅子に腰掛けると
百合の紋章と小鳥が描かれた地面に
中くらいの白い蛾が死んでいました


....季節外れの蛾は


美しい教会が最期の場所



振り向いたら
青い青い
大きなステンドグラスがありました


無意識に涙が
ポトっと落ちました

私の心も

こんなに大きくて青かったら...と

少し泣きました



2009年5月3日日曜日

チカちゃんと青い鳥



何年か前から朝まで眠れなかったり、左半身の具合が良くなくなります
昨日の夜もそうでした
そういう時は
横になって目を閉じることを身体にしてあげます

そんな私を心配して医学者の母と弟が
こういうマッサージをするといいよ
こういう風に過ごすといいよと
連絡をくれたものでした

でも私は
何故自分がそういう風になってしまったのかということを
言わないと決めたので
日々よくなっているという嘘を年々ついてきたような気がします

今朝も一睡もせずに重いを身体を起こして
朝の空気を吸うために....玄関の窓を開けました

スズランたちに
「おはよう」と言いました

フとその時
小さい頃に母が読んでくれた「青い鳥」を思い出しました
チルチルとミチルのお話です

そして当時
唯一の友達だった「チカちゃん」のことを思い出しました


同じ保育園の子でお家もお隣でした
小さい頃の私は人が怖くていつもブルブルして
泣いていたことを思い出します
でもチカちゃんは別でした

青い鳥の「ミチル」と友達の「チカちゃん」

子供の私はこの名前の発音が大好きで
「なんで私の名前はミチルじゃないの、チカちゃんじゃないの?」と
いつも母にせびって困らせていた記憶があります



ある日、晴れた日に
チカちゃんとオママゴトをしていた時
私がお水を汲んでくるからまっていてねと
道路を走ってわたった時
チカちゃんも私も行くと追いかけてきました
その瞬間に酷い急ブレーキの音と鈍い音がうしろで聞こえました
恐る恐る振り向くと

そこには
動かなくなったチカちゃんが倒れていました

そんな風景を今朝
思い出していました

小さい頃の記憶の破片


ふいに
何だか心の中に青い鳥が
舞い飛んで来た気持ちになりました

ちぐはぐな朝でした


着古したバーバリーのトレンチコートを羽織って
私はゆっくり家を出ました

チカちゃんを大人の私が思い出した
青い鳥が心の空で飛んでいた
不思議な日曜日

足取りは昨日よりも軽くありました

チカちゃんと青い鳥は
今の私を
どこかで見ているのだろうか



2009年5月2日土曜日

無題


海音ちゃん
元気にしていますか?
いつも
海音ちゃんを
思い出しているよ

屋久島にいる友人から手紙が届きました
以前もらったばかりだったし
お返事をしていなかった
彼女はもしかしたら.....
寂しいんじゃないかなと思いました

机の上を整理して
可愛い元気の出る便箋で手紙を書こうと思います

ここ2週間クラシックピアノの練習から遠ざかっていました
とても弾きたくなった
とても練習したくなった
手紙をくれた彼女は
ピアノも歌も素晴らしかった
今、どちらからも離れてしまったけれど

彼女が愛した音楽
彼女に届くように奏で続けたい
フと思いました


凛々



言葉を話さない子たちと一緒にいるのが好きです



私の庭


私の庭には
私の想いやら、感情が
浮遊しています

スズラン3つ
白菊
オリーブ

このまま物思いに更けながら
花を見て
人生が過ぎてゆくのだろうか

果ては
このまま一人で晩酌をしながら
人生が終わってしまうのではないかと
最近思います

私にとってお酒を飲むことは
発散でもなく
逃避でしょうか

誰かと一緒に飲むお酒は楽しいですが
ひとり晩酌は
お花を見て物思いに更けながら、です

そんな夜は
白菊を目の上に乗せて
涙を抑えたいもの

でも
私は泣きません
一人で泣くのはミジメですし
あまりに寂し過ぎるからです

今日もそろそろ夕方なので
お花を部屋の中に入れます

お花が私を待っています


4月はじめ
私は間違った選択をしてしまったようです


自分のお葬式


私は死にました
と眠る前に唱えたくなりました

今日は
カエルになった気持ちで
緑の中を泳いでいました

自分の選択が正とかそうではないとか
どうでもよいのですね

本当に死ぬ時に
色々思えるのでしょう
ただし
安らかに死せる時だけであります

何年か前に
交通事故で両足を縫った時
当時
子猫だったミロンガを
カゴごと雪の上の前に投げて
自分だけが自動車にぶつかるよう
瞬時に動いた0コンマ何秒

死んだなぁと思いました

その死んだなぁって言う瞬時の気持ちと
自分の精神の「死」は全く違う

自分のお葬式をあげるのも善し
線香も自分で焚いて
過去の自分を弔うのも善し

ただ
自分の葬式をあげた侭では
都合が良過ぎると言うわけだ

この世は
お裾分けなぞしてくれないんだから


私は死にました
これからまた元気にやっていきますって
毒針的興奮を交えて
祈祷でもするがよい
悪魔的暗示
美的な不協和音を一生を費やして
探してゆくことが己の旅

だから
自分のお葬式は何度やってもいいのだ

とカエルになった気分で考えてみた

2009年5月1日金曜日

スズランの日





5月1日は祝日
スズランの日でした

誰でもスズランを道ばたで売ることができます
近所のパン屋さんの前で少年2人が売っていました

私も大家のおばあさんと
街角に立って
「スズランはいかがですか?」と売った思い出がある

お花は手が触れることが出来る
小さな愛

.......

小さな愛